小林眼科医院
 
 
 この欄をお読みになっている方のほとんどは裸眼視力、あるいは矯正視力が1・0以上の方だと思います。私も眼鏡を装用した視力が1・5ありますが、私が見ている1・5の視標の見え方と、同じ視力である別の人が見ている1・5の視標の見え方は果たして同じと言えるでしょうか?

 視力は、視力検査表の輪(=ランドルト環)の切れ目が判るぎりぎりの大きさで判定されます。1・5の視標の切れ目が判っても、視標そのものの見え方は個人差があります。しかし、どのような見え方であっても切れ目が判る以上視力はどちらも1・5に変わりはないのです。ということは、同じ1・5の視力であっても、見え方は人それぞれで、個人差があるという事です。つまり、視力を表す数字上は1・5であっても、その見え方の『質(=クオリティ)』には差があるという事です。

 この差は一体どこから生まれるのでしょうか?

 虫メガネで太陽の光を上手に一点に集め、紙を燃やして遊んだ事がありますか?
 煙がゆらゆら立ち昇る中央の明るくまぶしい光の点。そこには、厳密には太陽の光全てが同時に集められているわけではありません。よく見ると光の束の中心から外れた所にも、ぼんやりとにじむような光が当たっているのが判ります。つまり、虫メガネ=レンズは全ての光を束ねる事は出来ないのです。束ねる事が出来なかった光のずれを『収差』と呼んでいます。収差には様々な種類と要素があるのですが、眼球をレンズの組み合わせによって出来ている光学系と考えれば、当然眼球の光の通り道にも収差が存在する事が判ります。

 一点から出た光は、光の受け皿である網膜上の一点に、にじむ事無く結像するのが理想ですが、収差がある以上それは不可能です。この収差こそが物の見え方の個人差を生む源です。言い換えれば、この収差を無くしてしまえば、物の見え方の『質』は向上するという事です。

 従来のレーザーによる近視矯正手術では、この収差の問題に対応する事は出来ませんでしたが、眼球の持つ収差を計測する機器と、最新のレーザー照射システムを用いる事によって、この収差を軽減出来るようになりました。

 収差を軽減すると、理論的には視力2・0以上の、いわゆる『スーパービジョン』と呼ばれる視力を出す事も可能です。しかし、2・0以上の視力は日常生活においてはむしろ無意味で、この視力を得る事が目的ではありません。可能な限りクリアで、文句の付けようの無い、より質の高い見え方を得る事を目指しているのです。
(※当院ではこの収差対応のレーザー照射システムを導入しました)

 ○大館市北秋田郡医師会 お茶の間クリニック (平成16年11月12日掲載)
  新しい近視矯正手術〜視力2・0以上の世界?
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